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判例 Law Case

知財高裁
(令和4年(行ケ)第10029号)
「防眩フィルム」事件

1.事件の概要
特許異議の申立てにおいてなされた特許の取消決定という処分に対して取消が請求された裁判であり、当該処分について取り消すべき違法があると判断された。
主引例との相違点についての容易想到性の判断において、副引例に記載された、表面ヘイズ値と内部ヘイズ値という2つのパラメーターの技術的な一体不可分性が考慮され、進歩性が認められた。また、請求項に記載されたパラメーターの達成手段として明細書に複数の実施形態が記載されており、実施例に具体的に記載されている実施形態がそのうちの1つに係るもののみであったが、実施可能要件及びサポート要件を満たしているものと認められた。更に、請求項に記載されたパラメーターに影響を与える測定条件が明記されていなかったが、明確性要件を満たしているものと認められた。

2.本件特許発明(特許第6721794号)
【請求項1】(下線部は訂正請求における訂正箇所)
ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であり、内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲の値であり、且つ、画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である防眩層を備える、防眩フィルム。

3.特許の取消理由
(1)進歩性について
・引用発明との一致点及び相違点
(一致点)
「ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値である防眩層を備える、防眩フィルム。」
(相違点1-1)
「防眩層」が、本件特許発明1は、「内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲の値であ」るのに対して、引用発明は、「内部ヘイズ値」が分からない点。
・相違点1-1についての合議体の認定
引用発明は、「ヘイズ値(%)が60%」、「精細度(ギラツキ)が、106ppiでA、144ppiでA、212ppiでBであ」り、「防眩性および画像の鮮明性に優れ、かつギラツキも効果的に防止されている」ものであるところ、引用例2あるいは周知文献A1の上記記載に接した当業者は、内部ヘイズは、5~30%であることが好ましく、内部ヘイズを5%以上とすることで、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止しやすくでき、30%以下とすることで、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できることを理解する。そうしてみると、「ヘイズ値(%)が60%」の引用発明において、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止し、かつ、超高精細の表示素子の解像度(鮮明性に対応)の低下を防止できるとのことから、内部ヘイズを5%とすることは、当業者が容易になし得たことである・・・。

(2)実施可能要件について
本件明細書等の発明の詳細な説明は、本件各発明の、ヘイズ値、内部ヘイズ値及びディスプレイの輝度分布の標準偏差を満たす、第2実施形態の防眩層、及び第3実施形態の防眩層を、いかなる手段で実現するのか、当業者が技術常識を参酌して理解できる程度に記載されていない。

(3)サポート要件について
「画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である」という、作用により発明を特定している事項に関して、発明の詳細な説明には、第1実施形態として、・・・凹凸形状を形成するという手段・・・、第2実施形態として、・・・凹凸形状を形成するという手段・・・が記載されているにとどまり、技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで(上記標準偏差の値を達成する他の手段にまで)、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。・・・本件発明1が解決しようとする課題である「ディスプレイのギラツキを抑制可能な」という定性的な記載を、官能評価によらない、測定機器を用いて客観的に求めることができる定量的な記載にいい換えたものにすぎない。

(4)明確性要件について
本件発明1の「画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である防眩層を備える」という発明特定事項に関し、画像データを得る際の、有機ELディスプレイと画像データを得る手段(撮像装置)との撮像距離、及び、画像データを得る手段(撮像装置)のレンズのFナンバーが、どのように一意的に設定されるものであるのか、理解することができない。そうすると、本件発明1の「ディスプレイの輝度分布の標準偏差が」「0以上10以下の値」となる「防眩層」(「防眩フィルム」)は、有機ELディスプレイと画像データ取得手段(撮像装置)との撮像距離、及び、画像データ取得手段(撮像装置)のレンズのFナンバーに応じて変化することとなる。あるいは、同じ「防眩層」(「防眩フィルム」)であっても、撮像条件によっては、本件発明1の範囲に入ったり、入らなかったりする。したがって、本件発明1は、明確であるということはできない(あるいは、本件発明1は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。)。

4.知財高裁の判断(下線及び※部分は筆者が追加)
(1)進歩性について
表面ヘイズの値は、ギラツキと技術的に一体不可分である凹凸の形状を規定するものであるから、引用例2の記載は、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものと解することはできない。そうすると、引用例2の・・・記載を根拠として、引用例2が、表面ヘイズ値と切り離して内部ヘイズ値を5%程度に調整することによりバラツキを調整することを示唆しているということはできない。・・・引用発明と引用例2の(全体の)ヘイズ値が共通するのは、60%の(全体の)ヘイズ値を有する場合である。・・・(全体の)ヘイズ値から内部ヘイズ値を差し引いた値が外部ヘイズ値(表面ヘイズ値)に相当するから・・・(全体の)ヘイズ値が60%である引用発明について、表面ヘイズの値が22ないし40%である光学シートが記載された引用例2が、内部ヘイズ値として示唆するのは、60%の(全体の)ヘイズ値のときに取り得る20ないし38%(60%-40%=20%と、60%-22%=38%の間)の内部ヘイズ値である。そうすると、引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできない。

(2)実施可能要件について
第1実施形態の防眩層には、長細状凸部ループ構造以外の凹凸構造のものが含まれており、そのようなものも含め、当業者であれば、少なくとも第1実施形態により、光学三特性を満たす本件各発明に係る防眩層を、過度の試行錯誤なく製造できるものと認められる。・・・第2実施形態または第3実施形態により、第1実施形態では製造できない防眩フィルムを製造することは、本件明細書等には記載されていない。・・・第1実施形態により作成できる防眩フィルムを、第2実施形態や第3実施形態によっても作成できるものと認められ、仮に、第1実施形態により作成できる防眩フィルムの中に、第2実施形態や第3実施形態により作成できないものがあったとしても、それにより、第1実施形態により本件各発明が実施可能であることが否定されるものではない。

(3)サポート要件について
本件明細書等の記載によれば、当業者は、以下の事項を理解することができると認められる。
本件各発明の解決しようとする課題は、「着色しにくく、良好な防眩性を有すると共に、ディスプレイのギラツキを抑制可能な防眩フィルムを提供すること」である。本件各発明において  は、防眩層の内部ヘイズ値を高めなくても、防眩層の表面を適切に粗面化して外部ヘイズ値を調節し、良好な防眩性を得ることができ・・・、ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であれば良好な防眩性が得られる・・・。また、・・・内部ヘイズ値が0.5%以上15.0%以下の範囲の値のときに、防眩フィルムが着色するのを防止できる・・・。また、・・・ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である凹凸構造の防眩フィルムは、ギラツキを抑制することができる・・・。そのため、光学三特性を有する本件各発明は上記課題を解決することができる。そして、第1実施形態により光学三特性を有する防眩フィルムを製造できることは、前記4(2)(※実施可能要件についての判断)のとおりである。

(4)明確性要件について
当業者が、およそディスプレイのユーザが感じるギラツキとの乖離が著しくなるような条件で本件各発明の輝度分布を測定するものと解することはできない。本件各発明における輝度分布の測定に当たり設定可能な条件には、同じ防眩フィルムに関する測定結果が変動せず一定になるように設定すること、ディスプレイのユーザが感じるギラツキとの乖離が著しくならないように、ユーザがギラツキを感じることが少ないときに輝度分布の標準偏差が小さくなるように設定すること等の制限があるということができ、当業者であればこれらの制限のもとで合理的な範囲で条件を設定して測定するものと推認される。そして、そのような条件を設定して測定した場合に、輝度分布の標準偏差の測定結果に大きな違いが生じることを示す証拠はないから、輝度分布の標準偏差を規定したことにより、本件各発明が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

5.実務に関するコメント
(1)進歩性について
原告(特許権者)は、請求項1にかかる発明における(全体の)ヘイズ値、内部ヘイズ値及び輝度分布の標準偏差という三つの光学的特性を「光学三特性」とし、該光学三特性についての技術的な一体不可分性を主張した。また、原告は、「内部ヘイズ + 表面ヘイズ = 全ヘイズである」として、引用例2に記載された内部ヘイズと表面ヘイズとの技術的な一体不可分性を主張した。裁判所は、これら2つの技術的な一体不可分性の主張のうち、光学三特性の技術的な一体不可分性は認めなかったが、引用例2に記載されたパラメーターの技術的な一体不可分性については、表面ヘイズの値がギラツキと技術的に一体不可分であるとし、引用例2の内部ヘイズに係る記載が表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものと解することはできないと判断した。裁判所の判断は妥当なものであると考えられるものの、引用例2に記載されたパラメーターの技術的な一体不可分性は、取消理由における引用例2の内部ヘイズにかかる指摘箇所を単に確認しただけでは見落とす可能性が高い。当然ながら、引例の技術内容についても充分に理解しておくことが重要である。

(2)実施可能要件及びサポート要件について
裁判所は、「第1実施形態によって、光学三特性を満たす防眩層を、過度の試行錯誤なく製造できるものと認められる」と判断しており、仮に、第2実施形態や第3実施形態について明細書中に記載されていなかったとしても、実施可能要件(及びサポート要件)を満たすものと認められたと考えられる。これは、第1実施形態について、その説明や実施例及び比較例が充分に記載されていたことが前提となっており、特に、パラメーター発明については、そのパラメーターによって課題が解決できることの説明、そのパラメーターの達成手段の説明、及び、実施例・比較例(臨界的意義が示されているか等)が充分に記載されているかを注意しておく必要がある。

(3)明確性要件について
本裁判例では、測定条件の記載に欠如があっても、当業者が合理的な範囲で条件を設定して測定するものと推認されるのであれば、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできないと判断された。測定条件が明記されていないことにより明確性要件違反が指摘された場合、このような主張を行って反論することが考えられるものの、まずは、測定条件については出願時にできるだけ不足のないように記載しておくことを心がけておくべきである。

詳細は以下の判決文をご参照ください
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/988/091988_hanrei.pdf

(担当弁理士:髙田 裕輔)

上記情報は、法的助言を目的するものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、弁理士の助言を求めて頂く必要があります。また、上記情報中の見解は執筆担当者の個人的見解であり、当事務所の見解ではありません。