判例 Law Case
知財高裁
(令和5年(行ケ)第10091号)
「バリア性積層体、該バリア性積層体を備えるヒートシール性積層体および該ヒートシール性積層体を備える包装容器」事件
1.事件の概要
特許異議申立の取消決定に対する不服申立であり、取消決定における進歩性の判断の誤りが争点であり、本件発明が甲3発明に基づき容易に発明することができたとはいえないとして、特許取消決定が取り消された事例。
2.本件特許発明(訂正後の請求項1)
【請求項1】
多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
前記多層基材は、少なくともポリプロピレン樹脂層と表面コート層とを備え、
前記ポリプロピレン樹脂層は、延伸処理が施されており、
前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、
前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下であることを特徴とする、ボイルまたはレトルト用バリア性積層体。
3.一次決定の要旨(令和5年7月7日)
本件発明1~16は、いずれも、甲3発明(又は甲3発明の2)、甲4記載事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
4.本件発明1と甲3発明(特開2009-154449号公報)との対比
主な相違点:相違点1-2(数値限定)、相違点1-3(技術分野ないし用途)
本件発明1 | 甲3発明(主引例) | 甲4発明(副引例) | |
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相違点1-2 | 前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である | 該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される | オーバーコート層を構成する原子における、炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)は0.8以上、1.6以下の範囲内である |
相違点1-3 | ボイルまたはレトルト用 | 食品等の包装材料として使用可能 | 電気製品等の機器の消費エネルギーを削減するための真空断熱材用外包材等に関する |
5.裁判所の判断
・判決の要旨
⑴ 本件決定は、相違点1-1から相違点1-3を各別に判断しているが、本件発明は、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するものであるから、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。
⑵ 本件決定は、甲3発明に、甲4記載事項のオーバーコート層における炭素原子に対する珪素原子の比率を適用するものである。
しかし、当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。
6.実務に関するコメント
特許庁は、特許異議申立の審理において本件発明1の構成ごとに、甲3発明との相違点を認定し、各相違点ごとに容易想到性についての判断をした。
裁判所は、相違点1-2(数値限定)及び1-3(技術分野ないし用途)に係る構成の技術的意義を有することを認定した上で、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものであると認定した。すなわち、裁判所は、発明の構成に関し、技術的に関連性のある相違点については一体として検討すべきと判断した。
進歩性判断において、複数の構成の相互の関係を考慮しつつ、複数の構成(相違点)を一体として扱うべきか判断し、更に、主引例と副引例との技術分野ないし用途の違い、それに伴う具体的構成の違い、および本件発明における数値範囲の技術的意義を考慮して、引例を組み合わせる動機付けがあるか否かを慎重に検討することが有効である。
また、主引例と副引例とにおける数値範囲の技術的意義の方向性の違いを指摘した上で、これらを組み合わせることにつき、明確な動機付けはないと判断した点は、パラメータ特許の多い化学分野の審査や審判において、特許性の主張として有用である。
詳細は以下の判決文をご参照ください(特に22~32ページをご参照ください)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/977/092977_hanrei.pdf
(担当弁理士:松田 正博)